ちびこといっしょTOP母のつれづれ
2015年08月08日

ターニングポイント

子供たちが北海道から帰ってきました。親のいないところで、大好きなおじいちゃん、おばあちゃん、いとこ達と一緒に、頑張ってお行儀よく楽しく過ごしていたみたい。普段食べないものもたくさん食べたよね。

行きは一緒に実家に帰省して、私と夫だけ先に帰宅。空港の往復で思ったのは、本当に連れ歩くのが楽になったなぁ、ってこと。ぐずらないように、泣かないようにとひやひやしながら、祈るような気持ちでリムジンバスに乗っていたのにね。

すごく大きくなった。放っておいても自分で自分のことができるようになってきた。

子供たちがいない間、何をしようって考えてたんだけど、結局、たいしたことはしないまま、だらだらと過ごしてしまいました。楽なことは楽で、とてもありがたかったのだけど、子供が家にいるからできないことって、今はそんなになくなってしまったから。

***

子供たちが保育園を卒園し、小学校の放課後ルーム(学童保育)に行かずに家で留守番できるようになり、「子供たちの居場所(預け先)を確保するために働き続けること」は必要なくなりました。在宅の仕事をするにしても、お母さんは今仕事しているから待っててね、が通じるようになりました。

子供がいることによる制限が、乳幼児だったころよりずいぶん小さくなって、自由が増えてきた今、私が何をしたいのかな、って考えたとき、動きが止まってしまいました。子供が小さい時から、将来的に働き続けられるように働いてきたけれど、一つのキャリアを積み上げてきた訳でもなく、これといった自信のあるスキルも無い。

これからも仕事をし続けていきたいと思うけれど、私がいただける仕事がこの先もあるんだろうか、という不安は解消できないまま、数年経ってしまったなー、と。

この間、札幌で付き合いの長い友人と、私たち今がターニングポイントなんだよね、なんてことを話してました。乳幼児育児を通り過ぎて、自分のことも考えられるようになって、40歳を前にして、さて、これからどうしよう、と。

子育てや家のことを放り投げることは今後もできないけれど、それに専念しなければいけないほどの労力はかからない時期が来てしまった。

どうやって過ごしていこうね、これから。

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sapporo_hana.jpg

今日でブログを書き始めてから丸四年経ちました。子供たちが小さかったあの頃、仕事をすることと書くことは、私を保つためにどうしても必要なことだったんだと思うんです。子供と私の間に境界を決めて、見えなくなってしまった私の気持ちを言語化して取り出して、あやふやに溶けてしまった自分を再構築するために。

私はここにいるよ、って必死になって叫んでいたのだと思います。

今は、なんだろう。日々考えることはそれなりにあっても、それを不特定多数の人にあえて伝える必要はないかなー、って、ブログに書かないことも増えました。感じて書いたものに対しての反響を受け止める気力とか覚悟、時間も必要だったりするし。

読者さんが読みたいところだけ拾うのは仕方ないのだけど、曲解して利用されると面倒。

もともと、書きたいことを書きたい時に書く、という姿勢でやってきたので、書きたいという思いが沸き上がってこないときは、書かなくていいよね、と思っています。

今は、立ち止まって、休んで、考える時期なのだろうなぁ。私は何が好きで、何をすると楽しかったり嬉しかったりするのか。改めてね。

最近、時間の流れが遅いのです。やりたいことがたくさんあって何かを作っている時は時間があっという間に過ぎていくけれど、眺めるだけで手を止めている時、待っている時は、ゆっくりゆっくり時が経つ。

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これからも長く続くであろう日々の暮らしを楽しんで過ごしていけるように、できることから。ひとつ一つ。

posted by かこ at 06:13 | Comment(2) | 母のつれづれ
2015年06月10日

水たまりの想い出

赤ちゃんと幼児を連れた雨の日の保育所登園はいつも大変だった。

あれは、二人が1歳と3歳の時だっけ?保育所の前に大きな大きな水たまりができていた。遊んだらすごく楽しそうな水たまり。

案の定、水たまりに捕まった。長靴でばしゃばしゃ、ばしゃばしゃ歩き回って、とても楽しそう。着替えは一式持ってきた。全身お着替えOK。

もちろんとっくに、長靴だけじゃなくてズボンも濡れちゃって。でも、とてもとても嬉しそうだったから、会社に電話して、遅刻しますと連絡した。今日はもう気が済むまで遊ぶといいよ。

こんな素敵な水たまりを前に、もうこれくらいで終わりにしたら?服を濡らしちゃダメよ、なんて言って3分で切り上げさせることなんて、私にはできなかった。

そして、どんどん水びたしになっていく子をずーっと眺めていた。

雨が降ると、あの日のことを時々想い出す。

posted by かこ at 08:53 | Comment(4) | 母のつれづれ
2015年06月07日

ニチアサ卒業しちゃったかな

気がつけば、ちび兄弟、ここ何ヶ月もニチアサを見ていない。

ニチアサというのは、スーパー戦隊・仮面ライダー・プリキュアシリーズを中心にした、日曜朝の子供向けTV番組。

私と、ちび兄弟のニチアサとの出会いは、保育園のお友達が好きだからボクも見たいと言った、炎神戦隊ゴーオンジャーで、番組を見るだけでなく、ずいぶんバンダイさんにはお金を使った。夢の合体ロボ。ゴーオンジャー、面白かったな。

私が好きだったのは、仮面ライダーW(ダブル)と、仮面ライダーOOO(オーズ)。全部見てたわけじゃないけど。

プリキュアと仮面ライダーは、味方と思っていたら敵だったり、裏切りがあったり、悪に染まったりとか、人間関係が複雑で、シリーズの途中で、怖くなったり、哀しくなったりして、ちび兄弟が見なくなることが、しばしばあった。私も、彼らが見ていないのにわざわざ見るほど興味もなく。

日曜朝に叩き起こされていたのが、そのうち勝手に起きてTVをつけて見るようになり、一緒に見ることも少なくなった。ニチアサ時間は私が好きに過ごせる時間だった。

ちび兄が小学校の放課後ルームに行った初日、上級生にからかわれ、もうスーパー戦隊とかのグッズはこどもっぽいから学校には持っていかない、と宣言してからも、それなりに家では見ていたのだけれど。

今は、ニチアサの時間じゃなくても、私が好きに過ごせる時間がたくさんある。ちび兄弟は、ニチアサを見るより、好きなゲームをやったりネットで動画を見る方に時間を使うようになった。もちろんEテレなんか、見向きもしない。大きくなったものだな。

あ、でもおさるのジョージは、まだまだ好きみたいです。

posted by かこ at 10:25 | Comment(2) | 母のつれづれ
2014年12月31日

あと何回、家族揃ってお正月を迎えられるのだろう?

さっき、年末最後の買い出しに行っていて、こんなに平穏な気持ちでいられる年越しは、ここ数年無かったな、って改めて思いました。

昨年は、仕事の契約が年末で終了して、年が明けたら仕事を探さなきゃ、って、なんだか落ち着かない気分でした。子供たちが、もっと赤ちゃんの頃は、病院がお休みのときに、病気になったり、アレルギー症状がでませんように、って祈るような気持ちでいたりしました。

LUPICIAで紅茶の福袋の予約をして、あんまりお金のこと考えないで、ざくざく食べたいものをお店でかごに入れながら、年末年始に家族のために、たくさんの食料を買いこめるっていうのは、幸せなことなんだよなぁってしみじみ思いました。

今年は、健康が心配な親族もいないし、家族みんな元気。あと何回、家族四人が揃って大晦日の夜を過ごせるんだろう?って思ったら、じわっと涙腺が緩みました。子供たちも、大きくなったら、自分の仲間達と過ごすようになるんだろうなぁ。きっと、こんなに買ったって二人じゃ食べきれないね、なんて夫と話す日が来るのかもしれないなぁ、なんてちょっと思いました。淋しいような、嬉しいような、そんな気持ちになるのかもしれないなぁ。

日本酒も買ったから、熱燗にして、これから、ちびちび飲もうと思っています。
子供たちがゲラゲラと笑う、にぎやかで、平穏な夜に感謝しながら。

posted by かこ at 20:49 | Comment(2) | 母のつれづれ

一つ一つ、気持ちに小さくカタをつけながら生きて行く

2014年も、もう最終日ですね。
穏やかで、だらだらとした年末を送っています。
これも、そこそこ、いろんなことに小さく決着をつけられたことによる気持ちの穏やかさなのかなぁ、って思ったりしています。

今年は、ちび弟が小学生になり、保育園の送り迎えがなくなりました。
もう、私は乳幼児の母ではないのだな、としみじみ実感しています。

ふと家の中を見回すと、散らかしっぱなしの我が家。
一時期、片付けることを諦めたんです。賽の河原で石を積んでいるように思える毎日がいやで。家が片付いていなくても生きていけるし。

家が片付いていないで困るのは、人を呼べないことくらい。でも、特に呼びたい人もいない。毎日毎日、散らかしっぱなしの家族を非協力的だと恨んでカリカリしたり、無意味感に捕われて消耗するよりは、ほったらかしで、のんびり過ごす方がいいかな、って。家では、家族が気を張ってピカピカの場所できちんと過ごすことより、ほっと油断できる空間である方が大切かな、と。

11月に今の仕事が決まり、安定して働けるようになって、時間にも気持ちにも余裕がでてきました。年末、長期休暇に入って、ちょっと家を片付けてみようかな、って思いました。整理収納の基本は、物に導線のよい居場所を決めて、そこにいつも戻すこと。でも、居場所が決まっていない物が多すぎて、どこから手を付けていいか分からない。

久しぶりに、片づけ本を買ってみました。書店でいくつかぱらぱら読んで、一番心に響いた本。すごい片づけ [ はづき虹映 ]

この本には、こんなことが書いてありました。

  片づけられない理由は、片づけたくないから。
  片づけとは、自分の思いに決着をつけること。
  片づかないのは、片づくと困る何かがあるから。
  出来事が実際に起きた時点で、カタはついている。
  生きている限り、完全にカタがつくことは無い。

部屋を見渡すと、使い切ってあげられなかった物達への後悔が、ふわふわ重く浮いているみたいです。

ああ、そっか。
自分の気持ちの上で、やりきっていないという思いがあっても、もう自分がすんだと思えば、一旦、終わったことにしていいんだな、って思いました。私は、心に決着をつけたくなかったんだな、って思いました。

部屋も、完全に完璧に整理整頓しよう、一度に全部片づけようって思わなくていいんだ。一つ一つ、これはすんだから捨てよう、しまおう、これはまだ気持ちに区切りがつかないから残しておこう、でも今日の出番は終わったから、今日の分にはカタをつけよう。そういう風にしていこうと思えました。

無理に自分の気持ちに決着をつけるのではなくて、すんだことだと思えたら、捨てればいいし、まだ決められないって思ったら、残しておいていいんだな、って。

完璧を目指さなくていいから、カタをつけられることから片づけていこう、そう思えました。今は決めたくない、って思ったら、決めなくていいんだ。そのまま、あやふやなまま、置いておくものがあっていい。

私にとって、赤ちゃん育児や家事がつらかったのは、毎日同じような繰り返しで、やってもやっても終わりが来ない、区切りがない、先が見えない果てしない途方に暮れたような気持ちがいやだったからなんだなぁ、って。

でも、何月何日の今日は、このことに決着をつけた。朝ご飯、昼ご飯、晩ご飯、一つ一つを終わらせて、このゴミを捨てられた、そんな風に、一つ一つ気持ちに決着をつけていけばいいんだな、って思ったんです。

人に見せるためでなく、自分のために。



私がブログを書く理由は、自分の一つ一つの気持ちを書き出し、整理して、カタをつけたい、ということが一番にあります。自分が悩んだことにどうカタをつけたか、っていうことが、他の悩んでいる人の役に立てれば嬉しいな、っていうこともあります。

来年は引き続き、いろんなことに少しずつカタをつけて、自分にたくさんの隙間を空けて、人の気持ちや新しいことをゆるやかに受け入れられる自分になっていきたいな、って思います。精一杯気持ちを張りつめてしまわずに、落ち着いた気持ちで。

今年も一年、とてもお世話になりました。あなたにも、よい年が訪れますように。
もしよろしければ、来年も、どうぞお付き合いくださいませ。

小さな達成感を一つ一つ、確認しながら、新しい年を進んで行こう、そう思っています。




posted by かこ at 05:36 | Comment(2) | 母のつれづれ
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