ちびこといっしょTOP働く
2014年03月14日

面接の極意

先日、企業の採用担当だった方とお話しする機会がありました。
面白かったので共有します。

「面接ではバカ正直に自分から手の内を明かしてはいけない。」

「質問に対する答えはなるべく短く。影を残す。」

「必要があればさらに突っ込んだ質問が来る。
 聞かれなければ言わなくていい。」

「面接官が黙ったときは、次の質問を考えている。
 こちらから追って説明する必要はない。黙って待つ。」

ついつい話が長くなってしまい、聞かれたこと以上に
説明しなければと、焦って頑張ってしまう私にとっては、
目からうろこがぽろぽろ落ちる面接の技でした。

(※無口な方には有効ではないアドバイスかも)

「面接では、影を残す」

しっかりと心に留めておこうと思います。

タグ:仕事
posted by かこ at 17:53 | Comment(2) | 働く
2013年04月28日

新しい職場

GW連休明けから、WEB系の事務職に復帰できることになりました。

復帰といっても、新しい職場。

千葉寄りの東京都内で、週3日。9:30-15:00。
曜日は一応固定ですが、学校行事などで、振替可能。
通勤時間は、片道一時間かからない。

子供雑貨のネットショップ運営の仕事です。

二年前にWEB系パート派遣事務の仕事を終えてから、
いつかまた戻りたいと思っていた職種。

そして、直接雇用。扶養枠内。
しかも、子供たちを明るいうちに家で迎えられる時間帯。

まさに、ずっと願っていた仕事です。

*****

こちらの仕事は、上の子が赤ちゃんだったころから
6年以上、ずっとお世話になっている、
パートタイム型の派遣会社ビー・スタイルさんから
紹介していただきました。

お仕事紹介メールを見て、まさしくここ!
と思ったんですよ。

あまりに条件がいいので、たぶん無理だろうと思いつつ、
チャレンジ応募してみたんですが、無事、採用。

小さい子供がいる、ということと、
履歴書・職歴書から、ネットショップの運営(更新・管理など)に
必要なスキルはある、と判断していただけたこと、そして、

『おもちゃインストラクター資格』を持っている、

ということが一番の決め手だったそうです。

上の子が赤ちゃんだった当時(6,7年前くらい)利用していた、
こんせんくんの生協宅配・パルシステム千葉
託児付き講習会で、子育ての息抜きがてらに取得した資格です。

(※パルシステム千葉では、毎年いろいろな保育付き講習会が
  開催されていますが、今年度もこの講座が開催されるか
  どうかは不明です。)

無駄に長い多種多様な職歴と、知名度の低い資格と、
ちびっこ育て中、という一見不利な条件も、
役に立つことがあるんだなぁ、と思ったしだいです。

*****

面接に一度行っただけで、中で働いてみないと
分からないこともあると思いますが、
印象の素敵な方たちで、居心地のよさそうな職場でした。
嬉しい!

念願の直接雇用のWEB仕事、
これ以上子供を増やす予定も全くないので、今後、
長く、長〜く、続けて行けたらいいなぁ、って思っています。

今の地元のフレンチレストランの仕事も、
細々と続けさせていただけることになりそうです。

保育園と小学校の役員にもなってしまったし、
連休明けからは、ホント、忙しくなります♪

楽しみだ〜!


育児と仕事


タグ:育児 仕事
posted by かこ at 11:55 | Comment(6) | 働く
2013年03月12日

まだ書けない3.11に思うこと

東日本大震災に思うこと。

昨年の三月は、書こうと思ったけれど、書けませんでした。

この大地震は、私にとっては全然過去のことなんかじゃなくて、
何度も書こうと思っても、感情の整理がつかず、
何をどう書いたらいいか分からなくなって
キーボードを打つ手が止まってしまうんですけれど、
今なら少しは書けそうな気がします。

一つ思うのは、この地震が地震だけであったなら、
原子力発電所の事故がもし無かったら、
福島、東北の復興はどんどん進んだのだろう、ということ。

そして私に子供がいなかったら、
こんなにいろんなことを考え続けていなかっただろうな、とも思います。

今でも、その日のこと、その後に起きたこと、
その時に感じたこと、考えたことを書こうとすると、
涙がにじんでしまって、うまく言葉に出来ないんです。

感情については書けなくても、それを引き起こしたできごとなら
書けそうな気がするので、つらつらと書き出してみようと思います。


◆震災当日のこと

大きな地震の揺れの中で、保育園で守られているであろう
子供たちのことを思いながら、仕事をしていたとき。

仕事をしながら、今日は品川から帰れないだろうと覚悟し、
落ち着いて仕事をしよう、と職場の周囲のざわめきをよそに
仕事をどんどん進めていたとき。

幕張の夫が早く帰宅し、子供たちを迎えに行くとのメールを受け取ったとき。

夕方、保育園に電話がつながり、園児全員の無事を確認できたとき。

家が遠くても、なんとしても帰ろうとする大勢の人たちを見たとき。

職場近くの同僚の家で一晩お世話になり、皆で
鍋を囲みながら、テレビで交通情報と津波の様子を繰り返し見たこと。


◆週末のこと

翌朝、長い時間、電車を乗り継いで帰宅し、
まず最初に、鍋やペットボトルやお風呂に水を張ったこと。

スーパーに行って、停電時でもすぐに食べられる食品を買ったこと。

会社から帰宅するとき、液状化する道路を歩きながら、
津波が来るのではないかと怖かった、と夫が言ったとき。

幼児と赤ちゃんのいる茨城の兄家族が、避難所から
東京の義姉の実家に移動したと聞いたとき。

避難所のアレルギー児たちのことを思ったこと。

福島が大変なことになっている、と気づいたとき。


◆週明け月曜日のこと

週明け、出社を最初からあきらめ、
電話の通じない保育園の状況を見に行くと、
いつもの穏やかな様子はまるでなく、
不安と緊張を顔に浮かべた先生方を見たとき。

スーパーが計画停電で閉店したり、棚が空になったのを見たとき。

福島の状況を知りたくて、何度も検索し、
原発村の知らなかったことや、チェルノブイリのその後を知り、
あまりに無関心でいた自分に気づいたとき。

報道は、すべてを伝えるわけではなく、
情報は切り取り方によって、事実をそのままではなく
都合よく変えて伝えることができると気づいたとき。


◆週明け火曜日のこと

計画停電に備えながら、ウェブで原発関連のニュースを見続け、
子供たちを札幌の実家に避難させようと決めたとき。

職場に相談の電話をしたら、帰宅命令が出ていて全員いなかったこと。

仕事のシェアパートナーに、できるだけ自分がサポートするので
お子さん達を見てあげてくださいとメールで言われたとき。

自分の首筋の両側に出来た、リンパの固くて大きい腫れに驚いたとき。

空港にバスで移動中、窓から海を見て、
怖がってしがみついてきた上の子供。

札幌に移動したと聞いて、少し落ち着いて考えたら、という
夫の言葉に温度差を感じたとき。


◆週明け水曜日のこと

実家でも、子供には地震や津波の映像を見せないようにして、
携帯で原発のニュースを見続けたこと。

子供たちを実家に置いて、私は仕事に戻ろうと考えていたものの
親が子供たちの様子を見て、上はともかく
3歳の下の子供は、私がついていないと無理だと思うと言われたとき。

電話で、上司に東京に帰ってくるときは
お子さんたちと一緒にしてくださいと言われたとき。

派遣会社に今週は休みますと電話したとき。


◆週明け木曜日のこと

友人たちに頼まれ、電池や懐中電灯を探したら、
札幌でも品切れしていて、代わりになるものを必死で探したこと。

お弁当の材料になる食材をダンボールづめして送ったこと。

私だけが原発から逃げた、という罪悪感が頭から離れなかったこと。


◆その翌週のこと

少し原発が落ち着いたように見え、子供と帰ると決めたものの
本当に帰宅してもいいのか、と迷い続けたこと。

出社して、あまりに通常どおりの都内中心部の様子と、
計画停電が続く千葉の違いに愕然としたこと。

地震後、会社を休んで、子供とともに関東から避難したことに対して
寛容な人も、とても冷たい感情を持つ人もいる、という
覚悟の上の事実。

取水源で放射性物質が検出された、という地域放送。


◆3月末のこと

保育園の卒園式が中止されたこと。

保育園の園庭遊びがなくなったこと。

雨の自転車送迎で、子供たちと雨水に触れたとき。

停電の中を子供たちと過ごしたとき。

揺れるたびに、大丈夫だよ、心配ないよ、と
子供と自分に言い聞かせたこと。

2月からの予告通り、社内全体の部署の編成が大きく変わり
派遣社員は全員、5月以降の契約延長なし、と通告があったこと。


◆翌月4月のこと

有給休暇を使いながら、転職活動。

都内のパート派遣の求人がほとんどない。
あっても時給も低く、交通費も出ないという状況。

都内ではなく、船橋近辺や、在宅で仕事を探し始めたこと。

計画停電の終了。


◆初夏に

スーパーに並んだ、つややかで、
とても大切に育てられてきたとわかる
安値で山積みになっている福島産の桃を見たとき。

東北産の野菜を何度も手に取って、カゴに入れられずに
棚に戻したとき。

大きな揺れがあるたび、都内ではなく
子供の近くにいられることに、これでいいんだ、
と改めて思ったこと。

在宅グルメライターの期間限定の仕事が終了し、
転職活動の一環として、サイト作成とブログを始めたとき。


◆現在

自宅から自転車20分の飲食店で在勤中。


*****

それぞれのできごとがあったときに、感じていたこと。
複雑すぎて、多すぎて、書けないけれど。

「子供たちの身体を守るにはどうしたらいいのか」

「子供の心を守るにはどうしたらいいのか」

肌身離さず子供と一緒にいる、ということが
最善とは、私はまったく思わないし、
自分のそばにいたから安全というわけではないし、
誰かに信頼して預けた以上、何が起きても自分の責任、
と思ってはいるけれど
震災は、子供と遠く離れた場所で働く、ということに関して、
大きく考え方を変えたできごとでした。

私には何も言う権利がないかもしれないと思い続けた2年間。
自分の子供を守ることを考えるばかりで、
原発に対しても、復興に対しても、何の活動もしませんでした。
でも、これだけは。

東北・福島にいる人たちが、福島にいた人たちが、
何より福島の子供たちが守られることを切に願っています。

posted by かこ at 11:33 | Comment(0) | 働く
2013年02月27日

育児と仕事

私が理系の大学にいて、就職活動していたとき考えていたこと。

結婚しても、出産しても「一生続けられる」会社に技術職で入ること。

私は望み通り、産休制度も短時間勤務制度もある
大きい企業に就職しましたが、その技術職が残念ながら肌に合わず、
夫と私の職場が遠く(会社から会社まで3時間以上)、
通勤時間がとても長かったこともあり、三年で辞めてしまいました。

辞めた頃は、出産予定なんて、まだまだなかったんですけどね。

でももし、そのまま仕事を続けていて、子育てと両立しようとしても、
通勤が片道一時間半以上かかるフルタイムワークでは
やっていけなかったと思います。

これが、近くに親がいれば、また違った話だったかもしれませんけれど。

*****

今、その最初の技術職、LSI設計のソフトウェア&ハードウェア開発職に
復帰しようと思っても、無理だと思います。

私が、第一子出産後に働いて気づいたのが、
もし、状況が許すなら、産休制度や短時間勤務制度を
たとえ周囲に図々しいと思われようとも、めいいっぱい利用して、
働き続ける方が、圧倒的に収入が多かったんだ、ということ。

一度やめてしまうと、扶養控除前後、
年収100万を超えられない生活が待っています。
年収300万円以上の職業に就くことは、かなり難しいと思います。

あるいは、夫の転勤についていったり、
ブランクがあっても再就職しやすい、資格職がよかったんだなー、と。
経理・看護・薬剤師など。

こんなこと、学校じゃ習わなかったもんな。
気づきもしなかった。

*****

第一子・第二子出産後、私は幸い、パートタイム派遣で
東京都内のWEB系の事務職に採用してもらうことができました。

ぎりぎり扶養控除内、勤務時間は10時〜16時(17時)、週3,4日勤務。

はっきり言って、保育料とトントンって言うか、
むしろ赤字なくらいでしたが、それでも私は、
子供と離れる時間があり、自分の能力を使って、
収入を得ることができることで、赤ちゃん孤育ての闇から救われました。

仕事もそこそこ、平日にお休みもある
『パート派遣』という勤務体系が、私には当時とても助かりました。

*****

今は、東日本の震災の影響もあって、
何があっても歩いて帰宅できる仕事です。

震災の日、私は品川から船橋の自宅に帰宅できず、
夫が子供たちを迎えに行きました。

その後、派遣契約が切れたとき、改めて都内の仕事を
探す気持ちにならなかったんですよね。
派遣の仕事自体も少なかったし。

今でも、大きめの地震が起きるたびに、近くの仕事で
よかったなぁ、って思うんです。
自転車で通勤、ランチタイムの飲食業でアルバイト勤務です。

パソコンに向かって作業するような仕事の方が
本当は性に合っていると思うんですけれど、
この子供たちを送り出して、一息ついてから仕事に行け、
明るいうちに子供たちを迎えに行ける、という状況が
とてもありがたいのです。収入は少ないですけどね。

年々保育料は下がって、年々給料も下がって、
ずーっと、トントン、あるいは赤字です笑。

レストランの仕事も好きなんですよ。
震災後、一年間ぐらい仕事が安定しなかったので
安定して働ける今の状態は嬉しいです。

でも、あと一年経って、下の子供が保育園を卒園して
小学生になったら、どうしようかなぁ。どうなるのかなぁ。

やりがいと、収入と、家族と過ごす時間と、自分の時間。
今は毎日、子供たちとゆっくり過ごせるのがありがたいけれど。
優先順位をどこに置くのか、ということなんですけど。

「自分の能力を活かして収入を得たい」

レストランの仕事を収入の核にして、在宅の仕事をプラスしていくか、
事務職に復帰するのか。できるのか??

贅沢な悩みかもしれませんね。でも、長い人生ですもの。
私はこれからどうやって働いて行こうかな、って
考えてしまうのです。


新しい職場

posted by かこ at 12:57 | Comment(2) | 働く
2013年01月07日

働いていてよかったこと

冬休みが終わります。

このお休みは、夫と子供たちを置いて
ずいぶんたくさん出勤しました。

私が、そもそも時短ワーカーとして働きはじめたのは、
子供と距離を置いて、育児ノイローゼから脱出するためでした。

24時間365日、子供のために自分の時間をささげる。

それは、一つのことに集中しすぎる私にとって
非常によろしくない状態でした。

たぶん、子供にとっても。

*****

子供を産む前に、心に決めていたことがあります。

「あなたのために自分のやりたいことを我慢した」
「あなたのために犠牲になった」

そういう母には、絶対ならないと。

人に尽くすことで、幸せを感じることができない私は
それはそれで、不幸な人間なのかもしれないけれど、
自分のために、すべてを優先し気持ちと時間を
100%を捧げる母を持った子供は、重くて大変なのではないかと。

いつか子供が巣立つとき、
「私は、子供を立派に育てました。他には何もありません」
という人間になることに、私は恐怖を感じてしまうのです。

それは、ある人にとっては一つの幸せの形かもしれないけれど。

*****

そうは言っても、上の子が生まれてから、1歳半で働きはじめるまでは、
自分の一日をすべて育児に費やす日々を送っていました。

赤ちゃんが機嫌よく快適に過ごすにはどうしたらいいか、
どうやったらつらい子育てから抜け出せるか、いつも考える暮らし。

どっぷりと育児につかる毎日の中で、
いろんなことが、よく見えなくなっていたと思います。

*****

働いていて、とてもよかったことがあります。

物理的に、精神的に、子供と距離が置けたこと。

もう一つは、夫と子供が一緒に過ごす時間が強制的に増えたこと。

専業主婦時代は、どうしても、
(母+子供)+父 っていう関係になりがちです。

私が残業したときは、子供を迎えに行ってもらったり、
休日出勤のときには、一日父子で過ごしたり、
飲み会の時は寝かしつけもお願いしたり。

二人目が生まれて、私の手が足りなくなったこともありますが、
そうしている間に、夫が遠慮なく子供と関われるようになった、
そう思います。

だって、どうしたって、子供はお母さんの方が好きなんだもの。
妻と子供がべったりしていたら、夫はどう手を出していいか
分からないよね。

*****

母が仕事でいなくても、泣かずに父と子で当たり前に過ごせる。

私も夫も不安に思うことなく、子供たちと一日を過ごせる。

そういう状態になるまでに、5年かかりました。
働いていなかったら、もっと時間がかかったんだろうな。

子供たちに、
「いってきまーす。
 おとうさんが起きたら、お昼ご飯一緒に食べてね!」
そう言って仕事に出かけることができる冬休みに、
しみじみと、働いてきてよかったなぁ、と思ったりしているのです。

タグ:育児 仕事
posted by かこ at 02:18 | Comment(2) | 働く
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